なぜ神社巡りをするようになったか

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時折「どうして神社巡りを始めたんですか」ときっかけを質問されます。

そこで、古い記事ですが、2007年の過去記事をこちらに再アップします。

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『伊豫稲荷神社~なぜ神社めぐりをするようになったか)』

(2007年11月18日)

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いよ観ネット

そもそも神社巡りにはまったきっかけは、2年前の秋、「真言立川流」という本のなかに、稲荷についての記述があったからでした。

中世の神仏習合の流れの中で、密教系の仏教と稲荷がとくに結びつきが強いことを知って、子供の頃から、お大師(空海)さん信仰の根強い四国に育ち、また、本家(通称、母家)の氏神様が伊豫稲荷神社ということで、気になっていた私は、両者に親近感を持っていることに不思議と納得がいったわけです。

それ以来、地元にあり子供の頃から折に触れてお参りしていた、伊豫稲荷神社と石手寺(四国八十八カ所第51番札所)に、それまでに増して通うようになりました。

また、京都、大阪にも毎月行く用事があるので、稲荷の総元締め、伏見稲荷大社や、その他京都の寺社仏閣を巡るようにもなりました。

さて、今日ご紹介するのはなんといっても、前述の伊豫稲荷神社です。愛媛県伊予市のご鎮座。月に1度ぐらいの間隔でお参りしています。

なんといっても、ここでお祈りしていると、母性的な雰囲気に包まれて、1時間程度いることもしばしば。以前、宮司さんに許可をいただいているので、本殿の上に上がらせていただいて、正座のまま時間を過ごしていると、なんとも気持ちがすっきりしてきます。

この神社は四国山脈を背後にもっているので、裏山の林などは、たいへん四国的な雰囲気なのですが、本殿の後ろ側に回ると伏見稲荷大社の雰囲気も感じますし、また、奥宮は稲荷山の奥深くを歩いているような、これまで無数の人間たちの祈りを含ませた、独特の泥臭さを感じます。

*最後の白馬なんですが、うちの母は、姉を身ごもったときも私の時も、また孫のときも、馬の夢をみたらしいです。

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