【神社巡り日記】平将門と中央構造線(2)#05 ”坂東の将門3大鎮魂スポット その2” 将門の胴塚

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2017/06/08 #05
寂しさに沈む将門公の胴塚で

平将門の史跡というと東京の将門の首塚なら誰しも知っている。

だが、首があるなら胴体はどうなったのか。

将門の胴塚が祀られていることを知る人は少ない。

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神田山のある寺へと急ぐ

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将門の胴塚は本拠地だった坂東市にある。

国王神社から車で10分ほど走らせた神田山(かだやま)地区の延命院境内にある古墳塚だ。

神田山の交差点まで来ると夕闇が迫ってきて、寺の前に車を停めると急ぎ境内へと入った。

神田山如意輪寺延命院という。

寺域は現在でも広く、かつてはこの近辺でも重要な寺として篤く崇敬されていたことだろう。

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不審火というキーワード

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ただ、境内が奇妙に空き地が多く、また植物の手入れはもちろん落ち葉が風に舞い放題となっていて、お世辞にもきちんと世話されているとは言い難い。

調べると、本堂は昭和39年に不審火で焼けてしまったそうで、今残るのは不動堂と観音堂のみである。

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その二つの建物も修繕もされぬまま雨風に当たってかなり木材が傷んでいるように見えた。

お堂をそれぞれ拝して不動堂の裏手に回り込む。

屋根から聳えるように大木の枝葉が影を作っている。

榧(かや)だそうで、坂東市の天然記念物になっている。

その根元に円墳とされる塚があり、これこそ将門の胴塚だ。

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胴塚の前には石碑と供台があり、今でも参拝者が少なくはないことを示している。

将門公とは縁薄き場所か

この胴塚は古くから将門山もしくは神田山と呼ばれてきた。

とくに神田山の名将は、将門の胴体を祀ったことから「からだやま」が訛ったとも、この寺のあるあたりが伊勢神宮の荘園だったからともいわれている。

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実際に手を合わせてみたが、将門の空気が立ち上るといったことはなく、将門の胴体を埋めたというのは後の人々の将門公への思いからのような感覚がした。

将門が眠っているにしてはすっきりしすぎていて、おそらく、太古、村人がこの大木を神聖視してここでお祀りをしたり、もしくは獣を生贄として捧げる供犠の儀式を行っていたといったほうが近い気がした。

寂しい境内に立ち上る意味

将門の胴塚という一級の史跡でありながらその寂しさは胸が痛むほどで、だがかえって、こういう場所があることこそ、将門という存在を歴史の主流から逸らそうという何らかの意図が働いているようにしか思えなかった。

参拝していると、日が落ちて刻一刻と薄暗くなってくる。3つ目、最後の目的地へと急いだ。

利根川上流河川事務所・国土交通省 関東地方整備局・平将門胴塚
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