あなたの人生も〈生霊〉によってやさしさを広げてみませんか?

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Praying otter II

スピリチュアルの本質をざっくりというと〈愛〉と〈気づき〉に尽きると思う。

ただ、愛することってみんな常識や理性が邪魔をして素直に表現ができない。

気づきも同じで、気づいていても知らない間に習慣や思い込みで気づいていないふりをしたりする。

〈愛〉とかという言葉を持ち出すとスピリチュアルバンザイの人たちは途端にうさんくささを感じるかもしれないけれど、話は簡単で身近な人からやさしくしていこうとか思いを捧げていこうとかいうことだと思う。

South Africa, Johannesburg: Love in the air

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黙祷は愛を広げるシンプルな方法

日本に限らないが黙祷という習慣がある。

おそらく宗教がもっと身近な海外では教会や寺院で祈りを捧げる行為がそれに当たるのだろう。

宗教に関して紆余曲折があった日本では、とりあえず黙祷というかたちで文化の中に祈りを捧げることが残されている。

ただ目をつぶって故人を思うだけでどうにかなるのだろうか、と思うのは間違い。

亡くなった人やご先祖さまに限らず、遠くに住んでる友達や知り合いを思い浮かべて「元気かな」「うまくやってるかな」と思うのと根っこは同じだからだ。

ほら、あなたにも生霊がついている!

morning hatred

よく生霊が怖いとかいうことを言われるが、生霊っていうのは誰にだって被害者にも加害者にもなる話である。

たとえば、憎い上司がいたとしよう。

四六時中、職場でも家に帰っても上司の言動を一々思い出して殺してやりたいほど思っている。

そういう念が強くなると生霊という本人にもコントロールできない得体の知れないものに変わっていく。

ただ、そういう憎い上司の場合、だいたいが生霊なんてものともしないタフな人間が多い。

どんだけ職場で嫌われていてもまったく気づかなかったり、自分のやりたい放題やれちゃう人がそんな上司に当てはまる。

普通の人間だとそういう生霊で自分のエネルギーが包まれるとがんじがらめになって体調が悪くなったりやる気が起きなくなったり、物事がうまく進まなくなったりする。

仲の良かった恋人同士が最後憎み合うようなことになっていくと、別れる寸前はたいていお互いに念という生霊を飛ばし合いしているからである。

別れるのももつれたり、関係を解消するのに時間がかかるのもスピリチュアル的に考えるとそういう話だ。

どうせなら素敵な生霊を広げよう!

逆にいえば、いい念は良い生霊となって相手を包み込む。

広義での愛するという行為のきっかけは相手に思いを巡らせることといえるかもしれない。

相手のことを純粋に心配したり、普段の変化から気づきを得てさりげない手助けをしたり。

その壮大なスケールで行われるのが戦災や震災の日に行われている黙祷ともいえるだろう。

憎しみや怒りの念が生霊になって相手に多大な被害を及ぼすのなら、幸せになってほしいと願うピュアな気持ちも相手に見えないかたちで届いてサポートをする。

それは生きている存在でも生きていない存在でも、見える見えないも関係なく訪れる。

Praying Boy

お盆は自分の中の〈愛〉を広げるのにピッタリな時期

お盆は死者の魂がこの世に戻ってくる期間だという。

最近はお盆とはいえ忙しい日々を送っている人も多いだろうが、朝のトイレの中でもいい、夜のお風呂に浸かりながらでもいい。

気になる故人やご先祖さまをはじめ、家族や友人知人のことを思いやる時間をわずかでも設けてみてはいかがだろうか。

きっと、自分も誰かに見えないかたちで素敵な生霊に守られていることに気づくかも知れない。

eyecatch photo by Tambako The Jaguar on flickr 

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