東須佐を歩く(6)堀坂山と宝坂神社

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深夜の須佐神社境内。

この日はちょうど満月だった。

次の日、夜明け前の5時過ぎより朝原の寺領峠にある堀坂山から確認していくことにした。

この山は、岩屋寺跡に並んで今回気になっている場所である。

『出雲国風土記』の飯石郡条によると「堀坂山 郡家の正西廿一里なり(杉・松あり)」とある。

神門郡(かんどのこおり。現在の出雲平野あたり)から堀坂山付近を通り須佐郷を経由して飯石郡(いいしのこおり。現在の出雲市南部、雲南市、飯南町あたり)に抜ける重要な伝路であったといわれている。

さらに『佐田町史』や『ふるさと東須佐』の見解では、現在の寺領峠付近に宝坂(ホッサカ)という屋号の民家がありこの峠も堀坂峠と呼ぶとのことである。

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どの山が堀坂山なのかというのはいまとなってはわからないが、寺領峠の南側に小高い山があり、私の直感ではこの山に引き込まような興味を覚えた。

『ふるさと東須佐』に掲載の写真も同じ山を捉えており、とりあえずこれを堀坂山としておこう。

今回少し驚いたのは、『出雲国風土記』に地名や山名が記述されているからといっても、その重要度によって詳細な研究がなされているところもあれば、この付近のどこかだろうぐらいしか現代まで伝わっていない場所も多いということだった。

堀坂山。

その山頂は近くにある宝坂神社の旧跡地と言われ、昭和8年に調査・刊行された東須佐村尋常高等小学校の『郷土に就いての調査』では「現に堀坂山上には一間半立方の巨石、その下が五間平方の平地となり宝坂神天降地」とのことである。

巨石と聞けば胸踊るけれど、残念ながら現地で堀坂山を見分したが低山ながらずいぶん急峻なのでどこから取り付くのかわからない。

国土地理院の地形図及び出雲市地図情報システムを見るとたしかにそれらしき正方形の平地はあるようだ。古い山道があるかどうかは機会があれば地元の人に確認してみたい。

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堀坂がいつから宝坂に変わったのかは判然としない。

ただ、現在、朝原簡易郵便局あたりから少し県道を寺領向いてゆくと脇を注意しながらでなければ見落としそうな鳥居があり、そこから急な古い石段を10分ほどだらだら上がっていくと宝坂神社境内に立つ。

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神社の棟札によると二度の遷宮を経て現在地に鎮座しているそうだ。

祭神は宝坂大神(天三降魂尊)である。

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古い石段といい境内の佇まいといい、なかなか趣きのある神社だった。

本殿裏手にはおそらく山の神を祀っている石碑がひっそりと鋭くこの地を護っていた。
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