ヒーラーや占い師に”小物感”な人たちが増えた3つの理由

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秘密が開かれたのは正解か

いわゆる秘儀や霊的修行がどんどん身近なものになっている現代、ヒーラーや占い師を量産しようという動きも続いている。

ネットの世界でもある程度のところでセミナー講師をしようというのはありがちだが、やはりセミナーというのは集客と収入、自身のコミュニティを作るのに適しているからだろう。

かつて、スピリチュアルな世界に近づこうとすれば宗教のなかで修行をしたり、霊能者のもとで教えを乞うというのが通例だった。

一般社会とは離れた世界がヒーラーであり祈祷師だったからである。

異端であることが当然の世界

日本においてもいまのように「スピリチュアル」というイメージで語られる以前、昭和の時代まで社会のなかで霊能者や祈祷師というものはダークで異端な世界に住む境界者としてのとらえ方が当たり前であった。

中世の魔女のイメージのように村の外れの小屋に住んでなにやら怪しげなことをやっている、というわけである。

それは鬼の元型かもしれないし異端者の様相だったであろう。

祖母から伝え聞いた話によると、母方の本家では曾祖母の代まで女性が祈祷師をしていたらしい。

四国では祈祷師のことを「拝み屋」という。

医療が発達していなかった戦前まで、拝み屋は薬草で薬を作ったり病気平癒や火伏の神の護符を作ったりして村人に渡す存在であった。

直感をもって吉兆を占うこともあったろう。

それでも霊感がある、霊能があるということは一般社会からは忌み嫌われて恐れられる存在だった。

事実、家系の異なる祖母は、母方のほうに拝み屋が先代にいたという事実を顔をしかめながら話していたからだ。

ヒーラーや占い師があふれる時代に

打って変わって現代では、いまだにわけのわからないあやしさやうさんくささは残るにせよ、霊能者や祈祷師、占い師が社会的に一定の存在として受け入れられている。

少し前までテレビで霊能者や占い師が活躍する番組はよく制作されていたし、ネットでもスピリチュアルによるカウンセリングや占い相談の広告はあふれるように流れているからだ。

ただ、ネットで検索すれば山のように霊能者や占い師がヒットするなか、似たようなタイプの人達が増えているのではないかという印象が年々強まっている。

なぜ、ヒーラーや占い師があふれるようになったのか。その理由を3つのポイントで考えてみた。

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ヒーラーや占い師って職業としてカッコいい!っていう〈勘違い〉

スピリチュアルなこと、見えない世界を扱うことがカッコいいことだと思う人たちが増えていることがこうした世界に足を踏み入れるきっかけを助長しているのかもしれない。

過去がわかって、未来がわかる。

とても不思議で誰にも出来ない特別感。

たしかにヒーリングや占いを学ぶことはある程度まで楽しいだろう。

しかし、一定以上になれば先生や仲間とも共有できない孤独な闘いが始まる。

見えない世界は人間の本質をむき出しに突きつけられる。

社会生活の中でなんとなくベールに隠れていることもあえて目の前に取り出して泥臭く処理していかなければならない場面も多い。

天使や神様、仏様はふんわりしたファンタジーの世界ではなく、経験を積んで自身の魂が磨かれていくほど役目も大きくなって使命を果たし多くの人たちを見えない世界からサポートしていくことも求められてくる。

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かつて、とくに霊的にディープだった四国では昭和の時代まで、いや現在もなお拝み屋であれば内蔵の一つや二つはなくて当たり前といわれたこともあった。

果てなき見えない世界の闘いのなかで心身共に疲弊していったのである。

現代のスピリチュアルというカテゴリの中ではそこまで命を削るようなケースはレアかもしれない。

それでも数多くの生徒やクライアントからの念を一身に受けすぎて毎年のように倒れるヒーラーや見えない世界経由のエネルギーの処理で苦労する霊能者も存在するからだ。

究極的にヒーラーや占い師はスタイリッシュなものではなくて本質は地面を這いずり回るような苦労をともなう人たちも多いことは気に留めておいてよいだろう。

セミナーに参加したらそれなりにやれてしまう〈お手軽感〉

ここ10年ほどでヒーリングやスピリチュアル関連のセミナーが急増した。

1980年代までこうした世界のセミナーやワークショップといえば海外から講師を招聘したり、合宿形式で行われたりと参加費も数十万から100万単位のものも珍しくなかった。

2000年に入ってスピリチュアルな情報が一般社会にも少しずつ広がるようになると、ヒーリングを学べるセミナーもどんどんリーズナブルで参加しやすいものになってきた。

これは価格競争が起こったからというのではなくて、時代がどんどん変化してきて誰でも霊的な情報にリーチしやすくなり、さらに肝心なことは誰でも潜在的なヒーリング能力や直感力を公にさらしてもよいという集合意識に変わってきたからである。

インディゴチルドレンやレインボーチルドレンといった次世代を担う子供たちが生まれながらにスピリチュアルな存在であってヒーリング能力が当たり前に持ち合わせているのを目の当たりにするとき、世界全体が誰でも癒やしを与えたり受け合える流れとなった。これ自体はとても喜ぶべきことだろう。

ただ、みんながどんどん手軽にヒーリングや占いができるということは、これまでなら「ちょっと敏感で繊細」で済ましていた人たちもヒーラーや占い師になりやすくなった。

見えない世界の職業が小さくまとまっていくことは、従来型の強烈な能力や個性を持った人々を期待するのは難しくなっている。

ヒーリングや占い師のセミナーや講座が簡単に受けられるようになったのは素晴らしいことである反面、ビジネスとして集められた生徒たちはある程度の段階から先へ進むのが難しいリスクも大きくなっているといえるだろう。

自分は霊感があるからそれを生かすのが当たり前っていう無闇な〈使命感〉

誰でもヒーリングができる素地が浮かび上がった時代というのは、逆に本来やるべきこと、自分がしたいことが見えなくなるリスクも背負っている。

自分の人生は自分で選べるというスピリチュアルの世界ではごく当然なことも、ヒーラー養成講座なり占い師セミナーに参加したことでかえって遠回りになることもあるからだ。

何となくヒーリングも占いもできるからこのまま仕事にしようか。

せっかく高いセミナー代も払ったのだし、といった感じで職業としてのスピリチュアルを意識しすぎると大局的な視点から自分の人生を俯瞰することができなく人たちもいる。

極端な例でいえば、現実の世界で仕事をして結婚して家庭を築いて子どもを育てて次代に自分たちの命をつなぐことが本来その人が生まれ持っている使命にもかかわらず、ヒーラーや占い師という枠から離れることができず鳴かず飛ばずで苦しみながらサロンを続けて、でも人が来ないということもあるのだ。

ここで大切なことは本人にヒーリングや占いの能力があるかどうかではなく、本来この世に生を受けてやるべきことは何かを気づけていないことに最大のポイントがある。

現実の世界で物理的に周囲の役に立つことでやがてスピリチュアルな思いも達成できるはずが、ヒーリングや占いにこだわりすぎて本末転倒になり、自然と人が集まらないのではないか。

自分の魂の思いに蓋をして頭で思い描いたイメージを現実に合わせようとすると無理が生じるのは当然のことだからである。

ヒーラーや占い師は職業ではなく生きざま

見えない世界の職業はまったく憧れるモノではない。

ファンタジーのようで清浄に見える世界であれ、その実はどろどろしたものが渦巻いている。

ヒーリングや占いというと何かきれいなものを思い浮かべる人が多いようだが、心霊写真や心霊スポットというとまったくダークな印象を持ちはしないだろうか。

現実の世界と同じ、いや見えない世界のほうが善悪の峻別は極端に厳しく、いろいろなエネルギーがダイレクトに作用し合う苛烈なルールによって支配されている。

やむにやまれずヒーラーや占い師になるのも致し方ないかも知れない。

憧れでやってみるのもいいだろう。

ただ、気づけばこれが職業かどうかなど設問自体が破綻しているような状態、我が身から剥がすことのできぬ重い使命を感じながら生きざる得ないのがヒーラーや占い師というものではないだろうか。

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