【2015】年の暮れの今、来年のエネルギーを読み解く大切さ。

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一年の計

師走に入ると翌年の目標をノートに書き出す。
ここ何年も続く恒例行事だ。

「一年の計は元旦にあり」とよく言うが、新年に改まってからでは遅すぎると感じている。

年の瀬に新年への新しいエネルギーを感じながら今年の路線をいかに発展させて次の次の段階につなげていくか。

それには年末までに大まかな目標を定めて置いた方がよいと思う。

2015年は小さい枠組みでいえば2011年頃から始まった「本来の自分を取り戻す流れ」のラストの一年になったと思う。

ここ数年、今後がどうなるかもわからないまま、遠くから差し込むか細い光を頼りに手探りで歩んできた。

20年ごとのステージ

一生を20年ごとで分けるとすれば、二十歳までの第一の人生で人は常識という「偏見」と感情という「思考パターン」を身につける。

そして、第二の人生でいかに前段階で染みついてしまった「偏見」や「思考パターン」を客観的に目の前に取り出して、一つ一つ潰していくかが大切だ。

こうした試行錯誤を経てようやく40歳前後からの第三の人生をスタート出来るのだろう。

背負っている荷物

「偏見」や「思考パターン」とは親や学校、友人といったわかりやすい存在から、生まれ育って生きる土地の情念だったり先祖から受け継いだ血や家に染みこんだ濃密な思いだったりさまざまだ。

さらに二十歳ぐらいからはやがてやって来る自分の子供たちの存在もちらほら感じてくる。

「早くこの世に出して欲しい」「親に選びたい」といった可愛い念いが足元をぐるぐると回るようになる。

第二の人生で人生の大きな転機や危機に際して、自分が辛いとき、悲しいときにふと頭を撫でてくれたり、背中をさすってくれるのも、序盤は先祖であったものがやがていずれ来る子供であったりする。

こういうとき、過去と未来は円環的で、現在は常に消滅していくことに意味があるのだと痛感する。

2015年のきわどさ

2016年は2015年までの数年の流れで二極化したものがさらに尖鋭な分化を果たしていくだろう。

ここ数年で未来が見えなくても砂を噛むような日々であっても一歩ずつ時にはつまずきながら、時には迷いながら、それでも前を向いて来た人には、少しずつ成果が見えてくるはずだ。

一方、ここ数年でどうしても停滞してしまって回り道や寄り道をしまった人は、さらに数年、同じような場所を堂々巡りするのかもしれない。

不思議なことに、人生に時があるのと同じく、全体の流れにもタイミングがある。

これは今日生まれた赤ちゃんでも100歳を超したお年寄りにでも平等に影響される不変な事実だ。

全体の流れに全世代が合わせて生まれる

これから社会に出ようとする若者と定年を迎える中高年では年齢も世代も違うのだから、同じこの2015年に生きていて『前を向いて来た人には、少しずつ成果が見えてくる』というのはおかしいと感じるかも知れない。

しかし、それは宇宙の時というのを明確に感じ取れていない人なのかもしれない。

子供を見ようが大学生を見ようが、50歳、70歳の老人を見ようが、よくよく丁寧に見ていけば、気づいている人、気づく能力の備わっている人はおしなべて、2016年にタイミングを持って生まれて来ている。

いや、全体の流れに合わせてそれぞれが必要な時に生まれる年さえ決定したというのがより正確かもしれない。

もう育てるステージに

2016年はもはや種を蒔いて水をやる段階ではない。

双葉からどんどん成長する自分の人生を客観的に見守りながら現実での動きを確実にこなしていく段階だ。

私は、このタイミングの流れに乗るために、自分の生年月日を選んで生まれた、とそう断言できる。

2016年、輝かしい年を、皆様、精神的にも現実面でも達成できることを、心から祈っている。

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